おかちゃんが貸してくれた『またね、富士丸』
穴澤さんが書いてくれてる事は、ミモを亡くした私の気持ちをまるで代弁してくれてるがごとく、
そう、愛犬を亡くした人はこういう気持ちなのです。
違う点が二つあります。穴澤さんは『泣く』事が出来たこと。
『泣く』というのはストレス解消には一番の方法だとどこかで聞きました。
私は泣くことが出来ませんでした。
私が泣くと、ワトは怖がってどこかへ隠れてしまう。ロタ・セレンは心配してずっと傍にいてくれる。
なのである日、一人で車で出かけた時、運転しながら思い切り大声で泣いた事がありました。
そこでしか泣くことが出来ませんでした。
穴澤さんは一人になってしまいましたが、私にはチビダマがいて、普段通りの生活をせざる得ませんでした。
これは救われた一つです。
「悲しみというより怒りがこみあげた」ともおっしゃっています。
その通りでした。
ミモを亡くして、悲しいというより、「なんでいなくなったの!」という怒りがこみ上げました。
そしてよく散歩で歩いた場所へ行けない事。
私もミモと後半行った場所へはいまだに行けません。
毎日毎日「ああすればよかった、こうすればよかったかも」と後悔ばかりがぐるぐる頭をめぐって
いた事。
そして、じょじょに心が落ち着いてくる、せめて表面だけは落ち着いているように見せる事が出来るようになり、一年が過ぎて今少し、ミモがここへ来てくれた使命について、納得が出来るようになってきています。
ペット達は皆自分の使命を持って生まれてくると言います。
ミモにはミモの富士丸君には富士丸君の使命があり、それを果たし、帰るべき所へ帰っていったんですよね。
そしてまた魂を磨くために、新しく生まれ変わるのですね。
「愛があればまた必ず会える」
とある獣医さんがおっしゃっていました。
それをずっと信じています、私。
なんだか下手な読書感想文みたいになってしまいましたね。
ゴメンナサイ。。
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